名古屋高等裁判所 昭和49年(う)44号 判決 1974年4月25日
本籍
三重県尾鷲市野地町五〇二番地
住居
同県熊野市飛鳥町小阪四八番地の六
職業
葬祭業兼金融業
東寿人
昭和二年三月七日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、昭和四八年一一月二〇日津地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、原審弁護人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官関口昌辰出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人水谷博昭作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、原判決の量刑は重きに失して不当である、というのである。
所論にかんがみ、記録を調査して考察するに、証拠に現われた本件犯行の動機、態様、被告人の経歴、境遇など、特に、本件所得税のほ脱額は、二か年度分合計で四、二〇〇万円以上の多額に達するものであること、被告人は、昭和二五年以降現在までに窃盗罪その他の前科一〇数犯を重ねているのであるが、そのような遵法精神の欠如と、無軌道な日常の生活態度とが、本件犯行の遠因として考えられること、その他諸般の情状を被此勘案すると、原判決の量刑は相当として是認しなければならない。所論のうち肯諾し得る事情を被告人の利益に斟酌しても、右量刑が不当に重いとはいえない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条に則り、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小淵連 裁判官 川端浩 裁判官 横山義夫)
右は謄本である。
昭和四九年五月二二日
名古屋高等裁判所
裁判所書記官 安藤春雄
昭和四九年(う)第四四号
控訴趣意書
被告人 東寿人
右の者に対する控訴の趣意は次の通りである。
昭和四九年三月一日
弁護人 水谷博昭
名古屋高等裁判所 御中
記
本件控訴の趣意は、原判決が被告人に懲役刑を科した上、更に罰金一、〇〇〇万円を併科した点に於て、量刑が不当に重いという点にある。
一、ほ脱犯に対する罰金刑と別途行政手続によつて、懲収される重加算税との関係に関するリーデイングケースである最高裁昭和三三年四月三〇日大法廷判決によれば「ほ脱犯に対する刑罰が脱税者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として科せられるものであり、一方重加算税は、過少申告、不申告による納税義務違反の発生を防止し、以つて、納税の実を挙げんとする趣旨に出でた行政上の措置であり、法が重加算税を行政機関の行政手続により租税の形式により課すべきものとしたことは、重加算税を課せらるべき納税義務違反者の行為を犯罪とし、これに対する刑課としてこれを課する趣旨でないことは明かである」と判示している。
従つて、右最高裁判決によれば、納税義務違反者が重加算税を付加される他に別に刑事罰に処せられる根拠は、その脱税行為の反社会性ないし反道徳性の故であるということになる。
次に、所得税法二三八条一項はほ脱犯に対して三年以下の懲役、若しくは五〇〇万円以下の罰金に処し、又は、これを併科すると規定しているのであるが、言うまでもなく、懲役刑と罰金刑が併科されるのは、行為者の脱税行為の反社会性ないし反道徳性が、それだけ重大な場合に限られるべきである。けだし、脱税による不当利益と国庫に与えた損失は重加算税の懲収で填補されるのであるから、この様な損害賠償的性格を持たせて、刑事手続に於ても罰金刑を併科することは刑事罰の本来の目的から逸脱するものであるからである。
そこで、被告人の脱税行為をその反社会性、反道徳性という面で評価してみる。
(イ) 被告人が飛鳥御殿を建て、銘刀、名画を蒐集し、モーターボートや高価な外国車を所有した事は、税金に支払うべき資金の一部をそれらの物品の購入に充てたという事はできても脱税のためにそれを為したという事は絶対出来ない。むしろ被告人が脱税に対する考慮をあまり払うことなく、世間の注目を集めるような派手な生活を始めたために、税務署の注目するところとなり、査察を受け、犯罪として非難を受けることになつてしまつたというのが実態であり、犯罪の計画性という点では、極めて非計画的であり、むしろ単純幼稚でさえある。被告人がもつと奸策を弄して蓄財を潜行させていたなら、あるいは今回の犯罪は発覚しなかつたか、更に先になつて発覚したかもしれない。
(ロ) 被告人が脱税のためと疑われるような隠幣行為を全く為していない訳ではない。
例えば、営業名義を内縁の女性の名前にしたり、取得した財産の一部を内縁の女性名義にしたりしている。
しかし、この程度の行為は社会生活に於て、多くの国民が為している事であり、それ程きびしく非難を受けるような事でもない。又、被告人は二重帳簿など全く作つておらず、金の出入をごく簡単なメモ程度のものに記載していただけである。
この点でも被告人の行為は計画性に貧しく単純幼稚である。
(ハ) 被告人は国税局の査察を受けた後、営業帳簿類を焼き捨てているが、これは犯罪行為後の証拠湮滅行為であつて、本件公訴事実の違法性評価とは切離されるべきである。
この様に考えてゆくと、被告人の脱税行為は額に於て相当多額であることは争えないが、この点を除く、その他の側面では単純幼稚であり、被告人の無知・無計画のみが目立つのであり、もし税務当局に於て、事前にもう少し親切な行政指導を為していたならば、今回の事件は回避できたのではないかと思われる点残念でならない。
かくて、被告人の一連の行為は懲役刑と罰金刑を併科しなければならない程、反社会性・反道徳性の強いものとは、とうてい考えられないものであるところ、原判決は、その違法性の程度の評価を誤り、被告人に懲役刑と一、〇〇〇万円という多額の罰金を科したもので、その量刑は著しく不当であるから破棄されるべきである。